葉桜が来た夏

 

葉桜が来た夏 (電撃文庫)

葉桜が来た夏 (電撃文庫)

 

 作者の夏海公司の作品は、「なれる!SE」から読んだ。それほどライトノベル通ではなかったが、初めて「(現実世界の)お仕事系」を読み、かつとても面白い作品だったので一気にのめり込んだ。その頃からこの「葉桜が来た夏」が最初の作品であることは知っていたが、読みたい読みたいと思いながら。なかなか機会がなかった。今回全5巻を買って年始から一気に読んだ。

なれる!のテンポ良い文体やリアリティありそうに感じられる設定、毎度のデスマーチ(笑)、現役SEからの溢れる称賛のコメント(ほんとか)、毎度毎度の桜坂が突破口を考えつき実行していく爽快感、そして現実にはあり得ない女性の登場人物たちがもたらす確かな萌え要素、など、なれるは本当に電撃でも断トツの神作品だと今でも思っている。それに比べてしまうと、「葉桜」はやはり最初の作品ということもあってか文体も固く流れがいまいちよくない感じがしたし、ヒロインの葉桜にも最後までぐっとくるものは正直感じることができなかった。しかしこの作品が面白くないというわけではない。所々に感じられるセンスのある表現や政治的駆け引き・謀略の設定など、なれる!で感じた作者っぽいところも所々あった。話はアポストリと言われる異星人と地球人とが、琵琶湖畔でのFirst contactから、戦争を経て特殊な共生関係を築いてきたが、それぞれの社会での主義主張の対立、政治勢力間の覇権争いなどにより現状が維持できなくなってきた現在を舞台にしている。主人公の学は母妹をアポストリに惨殺された経験から最初彼らを憎んでいたが、「共棲」と呼ばれる制度でアポストリの自治政府評議員候補の葉桜と一緒に住むことになって、紆余曲折ありつつ対立を乗り越えてお互いを好きになる、というボーイ・ミーツ・ガールの話である。作者4巻の後書きに書いているが、複数のヒロインが主人公に寄ってくる「ハーレム物」ではなく、基本的に学と葉桜の間の関係性が進展していくのを一つの軸に、アポストリと日本政府との戦争を未然に回避できるかがもう一つの軸になって話が進んでいく。

 

個人的に切なさを感じたのは3巻の白夜の話だった。9年前惨殺された葉桜の母親を思わせるような少女が、実際は特殊な成り行きで記憶を受け継いでいた兵器で、葉桜を「守る」ために暴走し周りの人間やアポストリを殺傷していき最後には破壊されてしまう話だった。

 

 

また、最後の5巻では「水車小屋」と呼ばれるアポストリ自治政府と戦争し異星人を殲滅したい秘密組織が日本政府を巻き込みあわや開戦かという話で、それを未然に防ぐべく学たちが活躍する。

 

葉桜が来た夏5 オラトリオ (電撃文庫)

葉桜が来た夏5 オラトリオ (電撃文庫)

 

 

全体としてつまらないわけではないのだが、いろいろな設定がいまいち「それっぽい」感じにはまっていないような、消化不良になったような読後感があったことも確かだ。また、異星人が自治政府を作って共生しているという話だが、その設定にも少し違和感はある。例えば共棲した人間はアポストリの相手に血を与えて遺伝情報を渡すが、そもそも遺伝情報の受け渡し方として血が最適なようには思えない。それに吸血のように血をもらった場合、そもそも消化されてしまうのではないだろうかと思う。アポストリは目が赤かったり超人的な力を持っていたりする以外は食事も同じものを食べるし見た目は人間そっくりなわけで、なぜそのような形で遺伝情報をもらうのだろうか?また、学と葉桜のように異性間で恋人になった場合、本来の人間のようにセックスで子供を作るということはないのだろうか?30代で死んでしまうという短命設定もなんとなく腑に落ちない設定だと感じた。

 

さて、本編ではないが、実は一番興味深かったのは5巻の後書きで、作者の前職のことをちょっと紹介しているところだったりした。

もう十年以上前、僕はあるベンチャー企業に勤めていました。

その会社は当時まだ珍しかったあるサービスを提供していたところで、小所帯にもかかわらず業界トップクラスのエンジニアやスタッフを擁していました。

毎日が大変で、ですがそれだけに学ぶものの多い日々でした。その頃の僕はまだ駆け出しの技術者で、雲上人のような先輩のもと、ただただ夢中で新しい技術を吸収していきました。当時の経験は今も宝石のような記憶として僕の中に残っています。

(葉桜が来た夏5 pp338)

これはまさしく、なれる!SEの後書きにも書いてあったが、なれる!の創作のきっかけになった前職のことについて語っているところだ。(ただ、なれるの方には前職のブラックな側面をユーモアを交えて書いている感じが多かった気がするが)。ここでの経験は、おそらくなれる!だけではなく作者の創作の原動力の一つになっているのだろう。後書きの最後の方にはこうも書かれていた。

人が去り、組織が消え、町の情景が移ろっても世界は続いていく。そして廃墟の上には新しい花が咲き、次の世代、次の次の世代が生を営んでいくのかもしれません。そう考えれば一つや二つの失敗・つまづきなど、どうということもない気分になってきます。

最終巻を書くにあたり、右のようなことを少し - ほんの少しだけ考えました。(後略)

 

なれる!ファンとしては、この後書きや、作者が初めて出した作品の感じを知ることができただけでも良い読書だった。5巻なので読み切りやすいのも良い。

 

 

 

なれる!SEは本当に良い作品なので万人にお勧めしたい。

 

 メインヒロインは美少女+超絶エンジニアの室見さんだが、一押しはやはり姪ノ浜さんだと思う。