地下書庫に憩う日々

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原爆投下とアメリカ人の核認識

原爆投下とアメリカ人の核認識 マイケル ゴーディン 彩流社

原爆投下とアメリカ人の核認識: 通常兵器から「核」兵器へ

拾い読みになってしまったが、最も大事なことは表紙に書かれている通り、核兵器はいつから「特別な兵器」であると認識されたかについて解説されている。現代を生きる私たちには、核兵器はたの通常の兵器とは明らかに異なる兵器であることは半ば自明のことであり、冷戦時代にはその「常識」が社会や文化の隅々まで影響を与えていた。現代でも、核の拡散は主要な政治テーマの一つでもある。しかし、じっさいのところこの「常識」はいったいどの時点で人々のあいだで認識されるようになったのだろう。私も何となく、原爆ははじめから特別な兵器でありそれは自明のことだったかのように考えていたが、原爆投下を決断したアメリカの政治家たちが、最初から原爆がそれ単体で戦争を集結させる力があるほどの「決戦兵器」であると認識していた訳ではなかったと著者は説明する。原爆を投下された日本が、8月15日に投降したことで、原爆は特別な兵器になったのだ。

原爆が、最初は通常兵器と同じと考えられていたことの傍証の一つとして、著者は長崎への原爆投下に際して現場兵士たちの裁量権が大きかったことを挙げている。この爆撃作戦に際して、標的の一つであった小倉は、天候を理由とした現場指揮官の判断により標的となるのを免れ、代わりに長崎に原爆が投下された。その他にもいくつもの「命令違反」があったことを挙げ、このような現場の裁量が大きかったのは、この時点では原爆は通常兵器と同じ認識を受けていたからだと結論している。

小倉に原爆が投下されていれば、祖母の実家をはじめとして多くの親戚にも影響を及ぼしていたはずで、私の人生も多少の違いが生まれていたのではないかと、やや関係ないことだが考え込んでしまった。